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マネー革命〈第1巻〉巨大ヘッジファンドの攻防ていう本を読み、そこにビクター・ニーダーホッファーのインタビューなどが書いてありました。

ご存知の方も多いと思いますが、あのビクター・ニーダーホッファーです。

知らない方はこちら → ビクター・ニーダーホッファー(wiki)



世界一の投資家とも言われていましたが、破産。

ソロスも認めるほどの投資家だったようですから、投資の能力はあったが、マネーマネージメントをおろそかにしたんでしょうか?

今回はビクターがなぜ失敗したのかではなく、その能力は才能か?本能か?努力か?ということを考えてみたいと思います。



確かに投資の能力はあったようです。

ある人はビクターのことをこう評しています。



ビクターは市場の予測に対して、動物的といっていいくらいの鋭い勘をもっていました。

それはちょうど、彼がスカッシュをするときに見せる勘のよさにとても似ていました。

相手の打ったボールがどこに飛んでくるかを当てるときと同じように、ビクターは市場から感じるある種のひらめきで、今どこに投資をしたらよいのかを本能的に判断していました。

本当に見事でしたよ。




動物的、勘、ひらめき、といった言葉が出てきます。
 
つまり生まれながらに才能があったと言いたいようです。

本当にそうなのでしょうか?

このマネー革命という本には、こういうことも書かれています。



ビクターは、高校生のころから35年間毎日欠かさず、世界の主だった金融市場の値動きを記録し続けている。

手書きのノート40冊には、株価や債券、商品や先物などの価格が、綿々と書き綴られていた。




本当に才能ですか?、勘ですか?



確かに投資が好きという才能はあったかもしれません。

勘だったとしても、それはヤマ勘ではなく、経験からくる直感だと私は思います。



でも結局破産したじゃん?

って思う人もいると思いますが、破産したとしても継続して勝っていたわけですから、それには理由があるわけで、その理由がこの継続してやり続けていた、値動きの観察というわけです。



世界一の投資家であるウォーレン・バフェットも、生まれながらに投資の能力があったのでしょうか?

バフェットもアニュアルレポート、つまり企業の年次報告書を読んでばかりいます。それを読むことが大好きで趣味であるわけです。



つまり、結果を残す人はやることをやっているんですね。

周りの人は結果だけ見て、それを才能と呼ぶ。



「イチローは努力してるって言っても、もともと才能があるからな。」

「オレもイチローみたいな才能があればなぁ。」


そう言ってる人を見るたび私はこう思います。



「お前にイチローの才能があっても、イチローみたいな努力はできないから、どちらにしろ成功できねぇよ。」



はい、きつい言い方になりました・・・。

私も、つべこべブログなんか書いてないで結果を出せと言われそうですね。

幸運にもトレードは好きなので、あとはやることをやるだけです。
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【2012/01/28 10:50】 | 才能と努力
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